本と論文のご紹介
古いものから新しいものまで
By Eio Honma

本間の読んだ時点での個人的評価(774番より)
▲・・普通 ▲▲・・興味のある人ならおもしろい ▲▲▲・・興味のない人でもおもしろいかも
▲▲▲▲・・おすすめ ▲▲▲▲▲・・必読 ▲▲▲▲▲▲・・私は好き
随時更新:下から番号順に新しい.一番下へ
本日の一言:まだ暑い。
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Thinking visually |
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Stephen K. Reed |
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Psychology Press 2010.01 |
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著者はアメリカのCenter for Research in
Mathematics and Science Education (CRMSE)の心理学教授。認知心理学。
人間の思考が言語だけではなく、映像にも依拠しているということを支持する心理学の研究紹介の前半1/3と残りは図像を使えば問題解決がやりやすくなるし理科教育にも役立つよ、ということを言っている後半からなる、主に教育に関する著作。図像といっても静止しているものだけでなく、付属のDVD(私は未見)ではアニメイションも使用しています。
言語偏重の西洋文化だからこその図像の強調。研究のレヴュー的な著作なので、日本語になっても良いと思います。
参考図書・索引有り。付属DVD。
| 856. |
かくして冥王星は降格された 太陽系第9番惑星をめぐる大論争のすべて |
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ニール・ドグラース・タイソン(吉田三知世
訳) |
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早川書房 2009.08 |
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Neil deGrasse Tyson, The Pluto files: The rise and fall of America's
favorite planet (2009)の訳。著者はアメリカの天体物理学者で、博物館に関わっている人。『ザ・ユニバース』の前のシーズンにはよく出ていました。
もう4年前になる2006年8月に惑星から「降格」され、2008年に「冥王星型天体Plutoid」になった冥王星をめぐるアメリカ文化史の前半と、著者が引き起こしたことになった冥王星問題の顛末を描いた後半からなるまじめにして愉快な読み物。経緯をざっと振り返るには適切な資料となっています。冥王星の進退は、東洋の諺で言う「牛後となるより鶏口となれ」を地でいく物語と思えばよいのです。
冥王星問題はパラダイムシフトの例として分析すればいい(とっくにそんな論文はあるのだと思いますが、寡聞にして知らず)のですが、この著作を読むともう一つ、サイエンス・コミュニケイションとかサイエンス・エデュケイション(これは科学教育と言えばいいか)のイニシアティヴを誰が取るのか、という問題とも絡んでいるのだな、ということが判ります。こういう切り口で誰か研究すればいいのに(とっくにそんな……以下略)。
註の中に文献が有り、索引は無し。口絵カラー。
| 855. |
共感覚 もっとも奇妙な知覚世界 |
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ジョン・ハリソン(松尾香弥子 訳) |
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新曜社 2006.05 |
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John Harrison, Synaesthesia: The strangest thing (2001)の訳。著者はイギリスの心理学者。バロン=コーエンと共に共感覚の研究に取り組んでいました。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第36冊目。
こちらは、専門の心理学者による共感覚についての著者ら自身とその他の研究を紹介した著作。心理学の著作はこうあるべし、という親切なものであり、訳者が「親切な心理学の先輩が、まだ心理学のことはよく知らない学部の学生に、自分の研究について説明している」と表現しているのがぴったりです。むしろ、共感覚を題材にした心理学入門として初心者が読むには適した著作だといえるでしょう。共感覚についての研究史も下のシトーウィックよりも詳しく、研究力の差を見せつけている感じです。
ただ、20世紀までの研究というのはやはり少々古いか。
索引・参考文献有り。
| 854. |
共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人 |
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リチャード・E.シトーウィック(山下篤子 訳) |
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草思社 2002.04 |
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Richard E. Cytowic, The man who tasted shapes (1993)の訳。著者はアメリカの神経科のお医者さん。
20世紀末に再び共感覚研究のブームを巻き起こした著者による自らの研究史と、そこから飛躍した人間観を論じた2部構成の著作。1980年にたまたま共感覚者に出会ったことから共感覚の世界に興味を持ち、1989年に42人の共感覚者を調べた著作Synesthesia(2002年に第2版が出ている)を出版して、学問世界にも一般世界にも共感覚の存在を知らしめることになりました。そこまでの経緯が詳細に語られている第1部は科学史を学ぶ者には非常に興味深くなっています。
共感覚について調べることから、著者は人間にとっての感情の重要性を再認し、それをエッセイ(学術的な文章というのではなく)にした部分は、確かに1993年の時点でこれを読んだらおもしろかっただろうな、と思わせる部分です。今はかなり辛い。著者の根拠である共感覚の脳研究も20年前の精度に基づいているので、今から見れば「飛躍した」と言わざるをえないでしょう。著者は近年脳科学者と組んで新たな共感覚についての著作を発表し、もうすぐ翻訳出版されます。
参考図書有り、索引無し。
| 853. |
ねこは青、子ねこは黄緑 共感覚者が自ら語る不思議な世界 |
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パトリシア・リン・ダフィー(石田理恵 訳) |
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早川書房 2002.07 |
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Patricia Lynne Duffy, Blue cats and chartreuse kittens (2001)の訳。著者はライターで共感覚者。
共感覚(synaesthesiaあるいはsynesthesia、スィネステースィア)を持つ共感覚者(synaesthete)である著者の個人的回想を通じて様々な共感覚者たちの世界を紹介する一般向けの著作。ギリシャ語の「共にsyn」+「感覚aisthesis」からの造語で、一つの感覚モードからの刺激で複数の感覚モードが自動的に共起する現象を指します。著者の場合、文字を見ると色が付いて見えるのだそうです。英単語の場合は、単語の最初の文字の色に支配されるので、catとkitten(意味的には関連する)が違う色に見えることになります(カラー口絵に文字色の表があります)。共感覚者の存在比率は推定で10万人に1人から200人に1人とかなりばらばらですが、著者はインターネットなどを通じて知り合った複数の共感覚者と直接会い、その人たちの不思議な感覚世界をどうにかして言葉にしようとしています。
研究者の著作ではないので、厳密ではないものの入門的には充分な著作です。「共感覚」というものに興味があったら、まずこれから入るのが良いでしょう。特に、著者と父親との交流の話が泣かせます。
参考文献有り、索引無し。
| 852. |
つぎはぎだらけの脳と心 脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか? |
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デイビッド・J. リンデン(夏目大 訳) |
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インターシフト 2009.09 |
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David J. Linden, The accidental mind: Brain evolution has
given us love, memory, dreams and God (2007)の訳。著者はジョンズ・ホプキンス大学医学部教授。神経科学。
久しぶりの読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第35冊。
下の著作と似た傾向の題名で似た主旨ではあるのですが、こちらは題名通り脳神経科学の著作。下の著作の方が早く出版されていますが、原著はこちらの方が先です。基本的にはよくある脳科学の著作で、インテリジェント・デザイン説への反論を含んでいるところが日本の著作にはない特徴です。
参考文献有り、索引無し。
| 851. |
脳はあり合わせの材料から生まれた それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ |
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ゲアリー・マーカス(鍛原多惠子 訳) |
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早川書房 2009.01 |
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Gary Marcus, Kluge: The haphazard construction of the
human mind (2008)の訳。著者はニューヨーク大学心理学教授。進化心理学。
原題の「クルージkluge」とはコンピュータ系の用語で(クラッジkludgeという綴りもある)、不格好だが何とか上手くいっているもの・ことを指すようです。著者は、アポロ13号での二酸化炭素フィルタ作成のことをイメージさせています。日本ではフランス語由来のブリコラージュに近い意味だ、というと理解しやすいでしょう。ヒトの「心」もそのようなものだ、というのがこの著作の主旨になります。
著者は様々な心的機能を進化心理学的な考えで説明するのですが、いわゆるウルトラ・ダーウィニズム的な(ありとあらゆる心的機能を進化上の適応として説明しようとする適応万能主義と、その結果進化を生き延びたヒトの心は最適であるという考え)進化心理学ではなく、たまたま手に入ったものでやりくりして或る程度成功したものの、上手くいかなかったところも多いものとして描き出します。これはアメリカの一部で主張されているインテリジェント・デザイン説への反論を意図したものです。知的な設計者がいたら、ヒトの心はこんなふうにはなっていなかっただろう、というわけです。
ヒトの心が進化の産物であること、すなわちクルージであることは、ヒトの心に原始的で反射的・熟慮的な2つの系統があることから判ります。前者は進化的に古いもので、その上に後者の比較的新しいものが加わっていて、急な場合・ぼんやりしたときなどには前者の系統が自動的に働いてしまうのが、現代では非常に危険だ、と著者は考えています。この結論が、下の著作と正反対なところがおもしろい。多少知性至上主義に傾いている気がします。
繰り返してきましたが、原題にもあるように、この著作はヒトの心に関するもので、ヒトの「脳」に関するものではありません。わずかな言及はありますが、あくまでも「心」についての心理学の著作です。その方が売れるから「脳」と付けたのでしょうが、邦題に騙されず(古い系統で反射的にならず)読むべきです。こういった〈脳についてのエセ科学の本ではなく、内容はまともだが脳に関するものではないのに「脳」ついている本〉について上手い言い回しをどこかで読んだ気がするのですが、憶えていません。
参考文献あり、索引無し。
| 850. |
なぜ直感のほうが上手くいくのか? 「無意識の知性」が決めている |
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ゲルト・ギーゲレンツァー(小松淳子 訳) |
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インターシフト 2010.06 |
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Gert Gigerenzer, Gut feeling: The intelligence of the unconscious (2007)の訳。著者はドイツのマックス・プランク人間発達研究所の適応行動・認知学センター所長。行動科学。
デカルトとかの言う「直観intuition」ではなく、英語の俗な言い方である「直感=内臓感覚gut
feeling」が意外に役に立つぞ、ということを丸1冊かけて論じている著作。どういう状況でどういう風に役立つのか、というと、複雑で不確実な状況下では複雑な計算を行うのと同等の結果が非常に容易に出せる、ということになります。理由は非常に簡単なヒューリスティク方略を用いているからで、その方略が進化的に獲得されたものに基づいているので、われわれは意識で思考することなく=腹で感じて判断できる、というわけです。ウィリアム・ジェイムズの感情論の或る意味での復活。Gut
feelingが「感情」を意味することがあるので、ダマシオやザイアンスといった感情科学ではお馴染みな名前も出てきます。
索引無し。参考文献有り。
| 849. |
代替医療のトリック |
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サイモン・シン&エツァート・エルンスト(青木薫
訳) |
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新潮社 2010.01 |
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Simon Singh & Edzard Ernst, Trick or treatment?: Alternative medicine
on trial (2008)の訳。著者のサイモン・シンは他に邦訳もある科学ライター、エルンストはドイツ→イギリスの代替医療研究者で、イギリスで初めて代替医療研究の教授になった人物。
代替医療の効果を科学的な証拠に基づいて評価した研究を紹介することで、代替医療の「トリック」を暴く著作。鍼(はり)、ホメオパシー、カイロプラッティック、ハーブ療法の4つの例を詳しく取り上げ、巻末にまとめてその他の代替医療にも言及しています。医療分野において治療効果の評価が意外にいい加減に為されていたことが代替医療を蔓延らせる原因となっていたことを反省し、代替医療を科学的証拠に基づく医療の立場から検証にかけていきます。結果、ほとんど全てがプラセボと変わりない、ということになります。にもかかわらず、代替医療が幅をきかせている現状を引き起こした責任者トップテンを掲げ(その中には著者たちの所属する職業団体も含まれています)、医療情報の流通に関する問題も提起しています。
痛快な著作です。こういうものを読んでいると、自分の関心方向は間違っていなかったのだな、と感じることができます。著者の一人が代替医療研究者なのですが、むしろそれだからこそ、公平に代替医療の価値を研究しようとして、結果「ダメなものはダメ」と切り捨てています。
参考文献有り。索引無し。
| 848. |
これが「教養」だ |
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清水真木 |
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新潮新書 2010.04 |
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著者は明治大学商学部教授。哲学・哲学史。
西洋における教養という概念の発生から日本への輸入と普及を辿りながら、「教養」とは何か、という問題を論じた著作。著者は、ハバマスの公共圏論を援用して18世紀の市民社会の発生と同時に浮上した問題に対処するために生まれたものであることを指摘します。それが西洋内での変化の末に、東洋の日本に伝わったときには「古典」「教育」という本来の教養にはなかった理念がセットになって押しつけられるものになってしまった、と論じます。そして、伝統的な市民社会が崩壊した現代で旧来の教養が通用しなくなったことは当然だが、教養が全く必要なくなったということではなく、新しい社会に合わせた新しい教養(それが具体的に何かは別として)が必要だ、という結論になります。なるほど。
かつての教養というものの代わりに、現在は「リテラシー」という言葉でくくられるものが隆盛に。技術としての教養、という観点からすれば、原点回帰なのかも。
索引無し。参考文献無し。
| 847. |
粘菌 その驚くべき知性 |
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中垣俊之 |
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PHPサイエンスワールド新書 2010.05 |
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著者は公立はこだて未来大学教授。
2008年のイグノーベル賞に輝いた粘菌の「知性」の研究を解説した著作。単細胞生物である粘菌(その「単細胞」ということも他の生物の常識が当てはまらないのですが)が、複数の餌のある場所をほぼ最短距離で結ぶことができ、その結果迷路を解いたり、フェルマーの原理もどきを実行してしまいます。その方式は非能率な総当たり式ではなく、一定のアルゴリズムに基づくのではないか、と考え、数学的モデルを構築します。また、粘菌がリズム記憶を持っているように振る舞うこと、一つの粘菌から切り分けた「子供」粘菌が刺激に対して異なる反応をする「個性」を見せること、など様々な複雑性を紹介していきます。これらのことから、粘菌に原始的な知性がある、と著者は考えるわけです。そして、「知性」とは何か、という軽くやっかいな問題に踏み込むことになります。
興味深い著作です。粘菌の魅力、というと南方熊楠を思い出します。脊椎動物の神経系はどこか粘菌に似ているところがあるのではないでしょうか。
参考文献有り。索引無し。
| 846. |
万物の尺度を求めて メートル法を定めた子午線大計測 |
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ケン・オールダー(吉田三知世 訳) |
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早川書房 2006.03 |
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Ken Alder, The measure of all things: The seven-year
odyssey and hidden error that transformed
the world (2002)の訳。
18世紀末、フランス革命の動乱のさなかに行われた子午線計測を巡る2人の「学者(サヴァン)」の物語。フランス革命を期に、アンシャン・レジームの乱れに乱れた(と啓蒙主義者には思われた)度量衡を統一するために、北はダンケルクからパリを通ってバルセロナまでの子午線を精密に測定することが提案され、1791年に計画が承認され、翌年に計測がスタートしました。当初は1年で終わる程度に思われていた計画は、思わぬアクシデントによって7年の月日がかかることになります。困難な計測の旅を2人の対照的な学者ドゥランブルとメシェンがそれぞれ北と南で行う様子が事細かに描かれていきます。そして、その皮肉な結末も。
おもしろい。本文450頁の分量も苦になりません。メシェンに関する精神分析的描写は若干やりすぎな気もしますが、おもしろく読ませるための方便だと思っておきましょう。
索引無し。参考文献は註に。年表有り。登場人物の元綴りが呈示されるべきでした。
| 845. |
「分かったつもり」のしくみを探る バフチンおよびヴィゴツキー理論の観点から |
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田島充士 |
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ナカニシヤ出版 2010.02 |
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著者は高知工業大学専任講師。専門は教育心理学など。
生徒の学びの過程での「分かったつもり」を積極的に評価して、バフチンの言語ゲーム的な意味での理解を促進する方法を実際の授業を分析することによって探り出す試み。ヴィゴツキーはバフチン理論の補助として用いられています。
以前西林克彦の『「わかる」のしくみ』を読みました。そこでの「わかる」が主に文章理解に関連することで、「わかったつもり」は否定的に評価されていました。それに対してこの著者は主に科学の基礎的概念の理解を対象として、「分かったつもり」(漢字で表記しているのは著者自身が意識して区別しているため)をヴィゴツキーの言う学校的概念と日常的概念との齟齬を埋めるための生徒による理解の戦略である、と積極的に評価することになります。教師の言葉を鵜呑みにするのではなく、或る種の仮説のようなものとして「分かったつもり」を生徒が設置するならば、教師はそれを利用して生徒をさらに深い理解へと導けるようになるわけです。さらに、生徒同士で教え合う(=教師の役割を生徒が演じる)ことの有効性を測定し、それをバフチンのカーニヴァル論を使って論じます。なるほど。
こういうものを読むと、仮説実験授業という方法は優れているのだな、と感じます。
索引・参考文献有り。
| 844. |
理科読をはじめよう 子どものふしぎ心を育てる12のカギ |
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滝川洋二 編 |
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岩波書店 2010.03 |
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理科読(りかどく)とは、科学に関する著作を子供に読ませ、子供に読み聞かせ、子供と共に読み、子供のと共に科学のおもしろさを味わうことです。ガリレオ工房を立ち上げ、理科教育に様々な形で取り組んできた編者の原点に戻ったような試み。そして、このような試みが日本各地で草の根的に行われてきていることがこの著作に含まれる多くの報告から判ります。これらの試みと読書の多様な形態についての下の著作を合わせることで図書館による科学教育の一つの方向が見えてくるようです。
ただ、サイエンス・リテラシーが何を目指しているのかが曖昧な気がします。科学者になるためか、生き残るための常識として科学を知る必要があるのか、現代の教養だからか、学校の成績のためか。
索引なし。参考文献あり。
| 843. |
読書と読者 読書、図書館、コミュニティについての研究成果 |
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キャサリン・シェルドリック・ロス+リン(E.
F.)マッケクニー+ポーレット・M.ロスバウアー(川ア佳代子・川崎良孝
訳) |
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発行:京都大学図書館情報学研究会 2009.12 |
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Catherine Sheldrick Ross, Lynne (E. F.)
KcKechnie, and Paulette M. Rothbauer, Reading matters: What the research reveals
about reading, libraries, and community (2006)の訳。
基本的に図書館関係者に向けた著作なので一般的に目に触れる機会が少ないと思いますが、読書についての最近の英語圏の研究成果をまとめた現場の読書論。文学者が論じる文学読書論(「いかに読むべきか」といった感じの)ではなく、司書の立場からのものなので読書の現状と各年齢層(幼児・ヤングアダルト・成人)の読書に向けた取り組みへの示唆などが多く含まれていて、図書館関係者以外にも読書論として興味深い著作になっています。メッセージは「読書を型にはめるな! 書物を差別するな!」という(意外に)常識的なものですが、この著作にあるような多様な読書形態を知るとそれなりの説得力を持つことになります。マンガを読むのも読書だと思うよ。
索引・参考図書・読書案内有り。
| 842. |
笑い脳 社会脳へのアプローチ |
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苧阪直行 |
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岩波科学ライブラリー 2010.01 |
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著者は京都大学大学院教授。ワーキングメモリなどの研究を行っています。
笑いについての最近の脳科学的研究をまとめて、特に著者自身の行った研究を紹介するのが4/5、残りで社会脳の話に少し触れているだけです。笑いと旧来の脳イメージング技法の相性が悪い(笑うとき身体が動くので)にもかかわらず、実験手法を工夫して挑んでいるあたりが読み所です。
基本的には1人でニヤリとする(若干気色の悪い)場面の脳科学であって、「笑い」というなら社会的関係を抜かして考察することはできません。社会脳の扱いが小さいのは、その研究がまだ非常に困難だ、ということを示しています。
参考文献有り。索引無し。
| 841. |
脳ブームの迷信 |
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藤田一郎 |
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飛鳥新社 2009.11 |
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著者は大阪大学大学院教授。認知脳科学、特に視覚の専門家。
著者の研究室が行っている啓発活動「脳の迷信・脳のうそ〜神経神話を斬る〜」からの「スピンアウト」。100頁に満たない小冊子で活字も大きくて読みやすくできています。これだけの中にも基本的な迷信が列挙され、批判的に検討されています。これまでの脳科学批判モノよりはかなり取っつきやすいので、とりあえず出発点として選ぶならこの著作でしょう。
脳神経科学の「迷信」は英語でneuromythと言うのだそうです。専門家がそういったことにかかわっても業績にならないので神話は野放しになりがち、というのは自然科学では(残念ながら)よく聞く話です。もちろん、対決している人々も少なくはないのですが。心理学でも同じようなmythは多いのでそれを叩く本は結構あるようです(むしろ心理学初歩の教科書的に使用できるから?)。どうせならディスカバリーチャンネルでやっているMythbusters(邦題『怪しい伝説』はキャッチーではない)みたいなショーとして見せることができればおもしろいのでしょうがね。
参考文献・索引なし。
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つながる脳 |
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藤井直敬 |
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NTT出版 2009.05 |
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ソーシャルブレインズ入門 〈社会脳〉って何だろう |
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藤井直敬 |
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講談社現代新書 2010.02 |
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読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第33-34冊目。
脳科学だけでなく、心理学も、その近代的出発点から「個人主義」という同じ病理に犯されていました。脳科学の場合は技術的な問題もあって研究が進まなかったのですが、著者が開発した新しい手法によってサルの社会的関係の脳科学の一端が探れるようになってきました。NTT出版の著作の方は、著者の研究史からソーシャルブレインズ研究に入る道筋とその方法についての概略が学べます。そのため、恐らく新書の『入門』よりも先に読んだ方が判りやすいでしょう。新書版の方は、題名に反して入門的概説書のようなものではなく(著者は故意にそうしている)、ここから多くのことを読み取ることができる始点のような著作になっています。
下の著作とはまた別の視点から「脳科学」批判を行い、新しい研究方法を模索しているところが興味深い点です。ミラーニューロンなどに対する批判は読んでいてすっきりします。ダマシオやルドゥーによる「感情の脳科学」に物足りなさ(というか基本的欠陥)を感じていた人文学者さんたちも、こういう傾向のものなら少しは好意的に見ることができるのではないでしょうか。
両著とも索引・参考文献無し。
| 838. |
ソフィストとは誰か? |
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納富信留 |
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人文書院 2006.09 |
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ソフィストと哲学者の対立は通常レトリックを行う者と哲学を行う者の対立として描かれてきましたが、この著作では正面から「ソフィスト」を捕らえようとします。実体はレトリシャンと同一になるのですが、哲学の側から見たとき、哲学が何を敵として生まれ育ったのかを理解するためにはソフィストを再構築してみる必要があったわけです。具体的にはゴルギアスと比較的有名でないアルキダマスがソフィストの例として挙げられ、彼らの代表的テクストの翻訳とその分析がなされています。
時代は変わり、対立の構造は人文学と自然科学の対立に引き継がれました。「人文学者とは誰か?」という問いが為されたときに、笑ってはぐらかすことができるでしょうか。
| 837. |
テルマエ・ロマエ 第1巻 |
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ヤマザキマリ |
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エンターブレイン 2009.12 |
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マンガ。かなり話題になった作品ですが、最近勧められたので読んでみました。
古代ローマも五賢帝の1人ハドリアヌス帝の時代(117-138)、建築ラッシュに沸くローマで建築家ルシウスは「新しい浴場」のアイディアを掴みかねて四苦八苦していました。悩むルシウスがローマの公衆浴場で水に潜ると、何故か21世紀の日本のお風呂屋へタイムスリップ(第一話だけは昭和のお風呂屋に来る)。そこで掴んだアイディアを元に、またしても何故か古代ローマに戻ってきたルシウスはローマで「新しい浴場」を設計して人気者になります。その名声故に、次々と新しい浴場の設計を頼まれるルシウスは、そのたびに21世紀日本にタイムスリップして日本の浴場技術を古代ローマに持ち帰るのでした。さらに名声は高まり、ついには皇帝に召し抱えられるまでになります。しかし、根がまじめで小心者のルシウスは個人的栄達よりは妻との日常を好むのですが……
おもしろい。主人公のローマ人としての矜持と熱心な建築家魂がSF的にありがちなシチュエイションに良い味付けをしています。風呂の話で、女性のハダカがない作品というのは日本のマンガ史上珍しい、あるいは唯一かもしれません。微妙にラテン語とかもでてくるし。題名のテルマエthermaeは「温かさ・熱」を意味するギリシャ語ΘΕΡΜΗ(テルメー、温度計thermometerは熱を測るという意味)を借りてきたラテン語で、複数形で温泉やローマでの公衆浴場を意味します。作中にもラテン語が出てきます。そのセリフとかが白銀ローマ文学からのさりげない引用だったりするとマニアはしびれるのでしょうが、文学に詳しくない私には判りません。
| 835. |
確率的発想法 数学を日常に活かす |
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小島寛之 |
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NHKブックス 2004.02 |
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| 836. |
使える! 確率的発想法 |
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小島寛之 |
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ちくま新書 2005.11 |
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著者は帝京大学経済学部准教授。
著者自身が二部作と言っているのでまとめて。高校くらいで習うような確率ではなく、もっと生々しい確率と統計について非常に判りやすくかつ興味深く概説し、著者自身の見解を示した好著。著者が経済学の専門家ということもあり、数理経済学的な話題が中心になります。
古典経済学が人間観を間違えていたということで、いろいろ新手のものが出てやらかしてしまっている感じなのですが、この著作は不確定現象という猛獣を確率という数学の道具を使って飼い慣らしていこうという試みなのでアヤシさはそれほどありません。
読む順番としては、新書の方からが良いでしょう。著者自身が「クールに」理論を説明している、と言っています。NHKブックスの方が著者の研究の一端が描かれていて読み応えがあります。
両書とも索引・参考図書無し。
| 834. |
読者はどこにいるのか 書物の中の私たち |
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石原千秋 |
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河出ブックス 2009.10 |
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著者は早稲田大学教授。夏目漱石など近代日本文学の専門家。
読者論を、日本思想史と大学史の中に位置づけて判りやすく論じた著作。著者は、いわゆるフェミニズムやポストコロニアル的な読み方に行きすぎを感じていて、その少し前の読者論にシンパシーがあるようです。「読者論」のエッセンスは、表題の問いかけとその答である副題に現れています。
読み方と読者という点だけを見れば、特に文学だけの方法論にしておくのは勿体ない話。
索引・参考文献無し。
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Finding Little Albert: A journey to John
B. Watson's infant laboratory |
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Hall P. Beck, Sharman Levinson, & Gary
Irons |
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American Psychologist, 2009, 64(7): 605-614 |
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Beckはアメリカのノースカロライナ州のAppalachian
State Universityの心理学教授。LevinsonはパリにあるThe
American University of Parisの心理学教授。そして、Irons氏がこの論文のカギになる人物です。
学術雑誌の学術論文。しかし、専門的なことは書いていないので背景知識さえあれば読むことはできます。
行動主義心理学の祖ジョン・B.ワトソンは、1920年に"Conditioned
emotional reactions"という論文を当時大学院生だったRosalie
Raynerと共著で発表しました。感情研究の歴史には必ず出てくる論文です。発表した雑誌はワトソン自身が作ったJournal
of Experimental Psychologyで、論文というよりは実験ノートの抜粋を公表した程度のものであり、おそらく査読を経たものではないようです。この論文は2つのスキャンダルを引き起こすことになります。1つは、0-1歳の赤ちゃんに「恐怖」を条件付ける実験を行ったという倫理的なスキャンダル。もう1つは、上流階級出身の妻を持っていたワトソンが共著者のロザリーと不倫関係になり、それがきっかけで離婚、さらにその離婚によって若くしてアメリカ心理学会会長まで務めたワトソンがジョンズ・ホプキンズ大学を追われて学問の世界から去るというスキャンダル。歴史に残るわけです。ちなみに、離婚後のワトソンはロザリーと結婚して、ウィリアムとジェイムズという息子を得ます(!)。
ワトソンとロザリーの論文は、「Albert B.」という赤ん坊1人を被験者にした恐怖を条件付ける実験に関するものでした。一言も書いてありませんが、当然パヴロフの条件反射論を想定しています。実験自体の説明は、どの心理学の教科書にも載っています。アルバート坊やにネズミのぬいぐるみを見せると同時に棒を叩いて音を出します。この音に赤ちゃんは恐怖を感じるのですが、同時に呈示されていたぬいぐるみに恐怖感が条件付けられることになるわけです(パヴロフの犬がベルの音と食事を結びつけたように)。一定の時間間隔を置いても条件反応は持続し、ネズミのぬいぐるみに見られた「毛がふさふさ」「白い」もの(ウサギのぬいぐるみや、毛皮)にも恐怖反応が拡がりました(今なら汎化といういうところ)。実験は、アルバート坊やとその母親が大学を離れることになって中断してしまい、恐怖反応を除去するところまで行きませんでした。かわりに、こうしたらよいのでは、という提案を論文で行っています(ネズミのぬいぐるみを見せている時にアメを与えろとか性器に触れとか)。実験手続きの不備や倫理的問題についての批判が多くなされたことが納得できる論文です。
さて、この実験対象にされた「アルバート坊や」がその後どうなったのか、というのは専門家でなくても関心を持つところです。これまでも調査されていて、諸説出ていました。著者のBeckとその学生(おそらくLevinsonのこと)もそれについて調べ、この著作はその調査という「旅」の記録になります。題名はピクサーの3DCGアニメ映画のもじりです。ところが、当のワトソンが死ぬ前に研究資料をほとんど焼却してしまったことや、なぜか当時の大学の記録がないことなど、問題は山積みで、当時ジョンズ・ホプキンズ大学「医学部」にあったHarriet
Lane Home(現存する)にいた乳母の1人の息子ではないか、というところまでは行き着くのですが、そこから先がストップしてしまいます。
ところが、たまたまネットで捜していた乳母の孫たちと接触できて、そのうちの1人が最後の共著者Gary
Irons氏になるわけです。このIrons氏の助けにより不明の乳母Arvilla
Merritteのその後の人生が明らかになります。残念ながら彼女は1988年に既に亡くなっていました。確かに、Arvillaには「アルバート坊や」とぴったり条件の合う息子Douglasがいました(Gary
Irons氏はArvillaが後に結婚した相手との孫)。
著者たちは、「Albert B.」が偽名であったろうと推測します。著者たちは触れていませんが、1920年当時は世界的なアインシュタインブームの時代でした。Albertという名前はいかにも当時の赤ちゃんに付けられそうな名前だったわけです。「B.」はAの次でありbabyの頭文字でもあり、さらに著者たちが言うようにワトソンのファーストネイムの由来となったJohn
Albert Broadus(1827-1895)というアメリカの著名な牧師にも関わります。おそらくこれらのことを全て引っかけて「Albert
B.」という名前が作られたのでしょう。
ワトソンとロザリーの論文にも書いてあるように、この実験は映像記録(Experimental
investigation of babies, 1923)が残されています。少し前までDVDで販売していたようですが、現在は売っていないようです。そのなかにアルバート坊やの画像が少し出てくるといいます。この映像と、唯一現存している幼児期のダグラス坊やの写真とを専門家に比較検討してもらったところ、「ほぼ同一人物」という回答を得ました。これによって著者たちは「Albert
B.」はDouglas Merritteである、と結論付けます。
では、肝心のダグラス坊やはどうなったかというと、Irons氏はそんな伯父がいたことを全く知りませんでした。この調査に関わるようになって、たまたま母親の遺品のなかから写真を発見して初めて知ったのです。それもそのはずで、ダグラス坊やは6歳の時(1925年)に病気で亡くなっていました(墓は現存する)。アルバート=ダグラスの性格や発達に恐怖条件付けがどのように影響したのかは判らず終いになってしまいました。
久しぶりにおもしろい論文を読ませてもらいました。研究とはドラマなのだなあ、と。
| 832. |
新版 脳波の旅への誘い 第2版 |
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市川忠彦 |
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星和書店 2006.04 |
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著者は目白大学教授。精神医学、とくにてんかんの専門家。初版は1993年。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第32冊目。
脳波のことを知るための医療関係者向けの超入門書。夢関係の本を読んでいた時に気になったのでまとめて勉強するために読みました。基本的には、脳波グラフの読み方を具体例を挙げて解説する著作で、全部を通読すると私のような部外者にはいささか退屈ですが、最初の3章までで基本的な知識を得ることができます。
索引・参考図書有り。
| 831. |
ウィリアム・ジェームズと心理学 現代心理学の源流 |
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藤波尚美 |
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勁草書房 2009.06 |
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著者は専修大学人文科学研究所特別研究員。心理学史。著者の博士論文に由来する著作です。
ウィリアム・ジェイムズの心理学史上での評価について数量的に分析する前半と、ジェイムズの思想と心理学の関わりを論じた後半からなる、日本では半世紀ほど前の今田恵以来の「ジェイムズ心理学」をテーマにした好著。たいへんおもしろい。
一読して、「しまった、やられた!」と思った著作。こういうことをやりたいな、と思っていたところでした。しかも、ジェイムズで。特に前半部分での数量的研究はジェイムズ以外を対象としてもあまりおもしろい結論が得られない、題材と方法論が見事にマッチしたものだと思います(たとえば、ワトソンについて同じ事をやってもおもしろくないでしょう)。ヴィゴツキー評価には応用できるかも。
「心理学者」ウィリアム・ジェイムズを研究する、あるいは誤解無くウィリアム・ジェイムズの遺産を引き継いで心理学の研究をしようとする人々には必読書です。
索引・参考文献・年表有り。
| 830. |
ロボットとは何か 人の心を映す鏡 |
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石黒浩 |
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講談社現代新書 2009.11 |
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著者は大阪大学教授。
ジェミノイド(自分そっくりのアンドロイド)を作るなど、内外でもよく知られたロボット工学の研究者の知的自伝。題名の問いかけは副題が答えている通りです。著者自身が言うように、人間そっくりに振る舞うロボットを作ることで構成論的に人間に迫ろう、というのが著者の意図になります。最初は「人間そっくり」に見えること(つまり外観)を目指していたのですが、徐々に人間らしい動きをどう再現するか、それをどのように構築するかに関心が移っていきます。人間の発達をロボットで再構成することで、それらのことが理解できる、と著者は考えます。
工学者的な発想が興味深く、心についての思弁に逃げ込まないところに共感します。
参考文献・索引無し。
| 829. |
脳科学の真実 脳研究者は何を考えているか |
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坂井克之 |
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河出書房新社河出ブックス 2009.10 |
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読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第31冊目。
脳科学ブームが有れば、それを批判するブームもあって、そのなかに「私は脳科学の専門家ではないのだが」系の批判もあったりします。そういうのにはトンデモなものもあるのでご注意あれ。専門家ではないにしても、隣接分野の研究者の著作には良いものもあります(榊原洋一『「脳科学」の壁』講談社+α新書)。けれど、この著作は脳研究者自身による批判的考察という点で他にない特色があります。記述も平明で読みやすくなっています。
「脳科学」への批判なのですが、一般的な現代科学へのリテラシー解説書としても読むことができます。科学リテラシーの応用編としての脳科学リテラシーの著作、ということです。この意味で、脳に関心がある人だけではなく、広く科学一般に関心のある人が読んでも得るところのある著作です。
参考文献有り。索引無し。
| 828. |
夢に迷う脳 夜ごと心はどこへ行く? |
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J. アラン・ホブソン(池谷香 訳) |
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朝日出版社 2007.07 |
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J. Allan Hobson, Dreaming as delirium: How the brain goes
out of its mind (1999)の訳。この原著はThe chemistry of conscious states (Boston: Litttle, Brown, 1994)の復刊。
夢研究の第一人者である著者が、夢の研究から意識、心脳までも踏み込んで大まかな見取り図を示した冒険(大風呂敷とも言う)の書。黎明期の科学には、こういうビッグピクチャーを言ったもの勝ちなところがあるので、科学的根拠がある限り大胆に発言すべきだと思います。そして、読む方もその程度に認識して読んでおくべきかと。
索引有り。参考文献無し。
| 827. |
Emotions: A brief history |
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Keith Oatley |
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Blackwell Publishing 2004 |
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著者はトロント大学の認知心理学教授。日本語には2冊ほど翻訳されています(オウトリーあるいはオートリーと名前表記されています)。
Blackwell brief histories of psychologyの1冊。
本文150頁強に情動についての一通りのことが書いてあるという力業。著者はUnderstanding emotionsというこの分野の教科書的な著作も編集しているので、広い範囲への目配りができたのでしょう。また、フィクション読書の心理学についての研究もあり、そのせいか、この著作でも多くの英文学が例として引かれています。
むろん、力業なので足りない部分や無駄に冗長な部分もあるのですが、まあしょうがない。厳密な意味での歴史を描いたものではなく、古いことにも触れているという程度です。そういうものが読みたいのならば自分で書けと言うことですね。
参考文献・索引有り。
| 826. |
心の脳科学 「わたし」は脳から生まれる |
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坂井克之 |
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中公新書 2008.11 |
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読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第30冊目。
脳科学とその発展方向についてわかりやすく述べた著作。通常の脳科学や心理学の知見を組み合わせた研究成果の紹介と共に、脳機能イメージングでお手軽に脳機能を同定していくようなやり方を批判しています。脳科学の怪しい部分は、実験の詳細とその解読法を省略して結果だけを大げさに伝えるところにあると思うので、この著作にそういった傾向がない点が評価できます。超入門書とはいえないものの、入門書としては充分でしょう。
参考文献(各章末)・索引有り。
| 825. |
夢の科学 そのとき脳は何をしているのか? |
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アラン・ホブソン(冬樹純子 訳) |
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講談社ブルーバックス 2003.12 |
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▲▲▲ |
J. Allan Hobson, Dreaming: An introduction to the science
of sleep (2002)の訳。著者はハーバード大学医学部教授。夢研究の専門家
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第29冊目。
夢研究の分野で豪快にフロイト的蒙昧を振り払った著者による判りやすい夢研究の啓蒙書。もちろん、研究の世界で独自の理論を打ち立てている研究者自身による著作なので、自らの理論を押し出していることはしょうがない。この辺が下の概説書などとは違う点です。著者自身の夢理論をどのように評価するかはともかく、科学的に研究すべきだという主張は評価すべきです。
索引有り。参考図書無し。
| 824. |
眠りを科学する |
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井上昌次郎 |
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朝倉書店 2006.11 |
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著者は東京医科歯科大教授。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第28冊目。
判りやすい睡眠についての科学研究を一人の著者がまとめた著作。ただ、夢の話はあまり出てきません。この著作では特に動物の睡眠行動を広く調べているところが興味深く読めます。
眠りといえば夢を見ること、と考えるとどうしてもレム睡眠の方が高級な(もっと適切に言えば進化的に後に発達した)眠りと考えてしまいそうですが、実はレム睡眠の方が古いのだ、ということのようです。ただ、人間の場合、ノンレム睡眠の発達によって、レム睡眠の役割が変化した、ということでもあるようです。
参考文献・索引有り。
| 823. |
ヒトはなぜ、夢を見るのか |
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北浜邦夫 |
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文春新書 2000.08 |
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著者はフランス国立科学研究所神経科学部門主任研究員。
睡眠研究の歴史の中に夢の研究を位置づけ、英語圏に偏ることなく20世紀の研究を概説した著作。日本の文学史からの例をひきつつ論じているので、それが好きな人にはとっつきやすいのかもしれません。
20世紀に出版された新書としては鳥居鎮夫の『夢を見る脳』(中公新書 1987)もありますが、現代の研究を知るために読むには適していません。
参考文献有り。
| 822. |
脳は眠らない 夢を生み出す脳のしくみ |
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アンドレア・ロック(伊藤和子 訳) |
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ランダムハウス講談社 2006.03 |
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Andrea Rock, The mind at night: The new science of how
and why we dream (2004)の訳。著者は医療関係のジャーナリスト。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第27冊目。
夢に関する研究史。手頃で概説的なものを、と適当に選んで読んだのですが、最初にアタリをひいてしまった感じです。夢に関する研究の並列列記というものではなく、歴史的な推移に沿ってストーリィを作り上げているところが、この著作を読みやすくしているのでしょう。ここから始める超入門書として良くできています。参考文献が完全ではない(本文中に埋め込まれた著作などが反映されていない)のが残念。
この著作のペイパーバックでの新装版が2009年に同じ出版社から出版されています。
索引・参考文献あり。
| 821. |
老いて賢くなる脳 |
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エルコノン・ゴールドバーグ(藤井留美 訳) |
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NHK出版 2006.10 |
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Elkhonon Goldberg, The wisdom paradox (2005)の抄訳。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第26冊目。
少し前に読んだ本より先に出版されていますが、原著はこちらの方が後。原題の「パラドクス」の意味は、脳自体は加齢によって様々な障害や劣化(記憶力が悪くなるなど)が生じているのに、「賢さ」が増していくことを指しています。この「パラドクス」を著者の数十年来の持論である大脳左右半球の機能差説に基づいて説明し、その説に基づく認知トレーニング(「脳ドリル」とも、ただし具体的内容は触れられていない)を行って脳機能を回復できた人の実例も含めたというのがこの著作。「賢さ」の基はパターン認識によって得られるアトラクタ(カオス科学の用語が出てきている)が左脳に蓄積されるからだ、ということのようです。
私はゴールドバーグの左右脳差の話を知るためにこの著作を手にしました。或る程度詳しく説明されています。その他にも実にさりげなく書いてあるのですが、1920年代後半に書かれたヴィゴツキーとルリヤの論文「道具とシンボル」のロシア語原文は失われていて、アメリカでの発表のために書かれた英語版しか残っておらず、今日のロシア語版ヴィゴツキー全集に含まれているロシア語版はルリヤとゴールドバーグによって英語からロシア語に訳されたものだ、ということです(104-105ページ)。
参考文献有り、索引無し。
| 820. |
チャールズ・ダーウィンの生涯 進化論を生んだジェントルマンの社会 |
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松永俊男 |
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朝日新聞出版朝日選書 2009.08 |
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2009年はダーウィン生誕200年+『種の起源』出版150年ということで、全世界で催しがあり、関連する出版物も多く出ています。何かをとりあえず、と思うならまず伝記から。
ダーウィンの伝記的資料はようやく近年になって手に入れることができたものもあり、古いものはほとんど参考にはなりません(特に日本語で書かれたものは)。この著作は最近の研究と著者独自の研究成果を含めて比較的短くまとめられたチャールズ・ダーウィンの伝記です。日本語で伝記を読むのならまずこの著作から始めるべきです。この著作の特徴は、内外でのさばる「ダーウィン神話」の誤りをできる限り訂正していくところ。存命中から「科学の英雄」であったダーウィンには様々な誤解がつきまとうことになったのです。
索引・参考文献・年表付き。
| 819. |
前頭葉は脳の社長さん? 意思決定とホムンクルス問題 |
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坂井克之 |
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講談社ブルーバックス 2007.03 |
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著者は東京大学大学院医学系研究科准教授。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第25冊目。やっと四分の一。
前頭前野の機能について非常に判りやすいサーヴェイ。最初にこれを読めばよかった。前までの著作が特定の機能について集中し述べられていたのに対して、この著作では大きく前頭前野外側部・前頭前野底部・前頭葉内側部に分けてそれぞれの役割とその特徴について語られています。特に前頭葉内側部についてはかなりおもしろい話が書かれているので、今後の研究に注目です。
タイトルが疑問形なのは、脳の中に全てを決定する最高機関=社長が存在するかどうか(これが「ホムンクルス問題」)が著者のこの著作におけるテーマだからです。そして、存在しない、というのが一応の答になります。
残念なのは、参考文献が一切ないことです。
索引有り。参考文献無し。
| 818. |
インフルエンザ・パンデミック 新型ウイルスの謎に迫る |
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河岡義裕・堀本研子 |
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講談社ブルーバックス 2009.09 |
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インフルエンザについて、その生物学的基礎から普通の風邪との違い、あるいは「新型」インフルエンザと季節性インフルエンザの違い、ワクチンや抗ウィルス薬の仕組みと限界など、当面知りたいことについて1冊でできるかぎり応えてくれる著作。類著は多く、私も他を読んでいるわけではありませんが、なかなか読みやすいものだと思います。
索引有り。参考文献無し。
| 817. |
脳を支配する前頭葉 人間らしさをもたらす脳の中枢 |
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エルコノン・ゴールドバーグ(沼尻由起子 訳) |
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講談社ブルーバックス 2007.12 |
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Elkhonon Goldberg, The executive brain (2001)の訳。著者はニューヨーク大学医学部教授。ソヴィエト時代にルリヤの下で脳研究を行い、アメリカに移住して(ソヴィエトの反ユダヤ政策のおかげで脱出することができた)研究と共に神経臨床医となった人。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第24冊目。
主に臨床の立場から、前頭葉に脳機能を統括する機能(オーケストラの指揮者のような)がある、ということを明快に論じた著作。オリヴァー・サックスが序文を書いています。ソヴィエトからの脱出という伝記的な記述から始まるところが印象的で、臨床例についての非常に生き生きとした記述(患者としてではなく、友人として描いている)ことなどもこの著作の大きな魅力でしょう。脳の左右差についての独自の見解が今はどう評価されているのかに関心が湧きます。
20世紀における研究のレヴルで前頭葉について語っているので、2007年に出版されたのは遅きに失した感がありますが、それはそれとして。
索引・参考文献有り。
| 816. |
前頭葉の謎を解く |
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船橋新太郎 |
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京都大学学術出版会学術選書 2005.12 |
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著者は京都大学大学院教授。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第23冊目。
かつて「沈黙野」とまで言われた前頭葉について著者自身の研究に基づくニューロンレヴルの機能を紹介した著作。前頭葉の機能として注目されているワーキングメモリについての実験結果が詳しく記されています。
索引・参考文献有り。
| 815. |
インドの科学者 頭脳大国への道 岩波科学ライブラリー163 |
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三上喜貴 |
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岩波書店 2009.10 |
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▲▲ |
著者は長岡技術科学大学教授。
題名通り、近代インドの代表的な科学者の簡単な伝記とインドにおける科学研究の背景についてコンパクトに論じた著作。あまり馴染みのない話なので、私はおもしろく読めました。
索引・参考文献無し。参考文献に関しては、著者のサイト(http://kjs.nagaokaut.ac.jp/mikami/index.html)参照とのこと。
| 814. |
ロボトミスト 3400回ロボトミー手術を行った医師の栄光と失墜 |
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ジャック・エル=ハイ(岩坂彰 訳) |
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ランダムハウス講談社 2009.07 |
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Jack El-Hai, The Lobotomist: A maverick medical genius
and his tragic quest to rid the world of
mental illness (2005)の訳。
「悪名高い」ロボトミー手術を開発し、その故にノーベル賞を受賞したエガス・モニスに並ぶ、あるいはそれ以上にロボトミー手術を愛し普及に努めたアメリカ人医師(神経学者)ウォルター・フリーマン(1895-1972)の生涯を公平に描いた快著。フリーマンの母方の祖父ウィリアム・W.キーンから始まり、フリーマンの生涯を微細な点まで描いており、その執拗とも言える姿勢自体がフリーマン自身の生き方と重なるほどです。ロボトミーについてだけではなく、アメリカ精神医学史について充分すぎるほどの情報を与えてくれます。同時代の精神医学と精神分析、精神外科、神経科医と神経外科医のなわばり争いなど生臭い話だけでなく、自分が手術した患者の追跡調査を生涯最後の目的としてアメリカ中を走り回ったフリーマンの医師としての悲壮なまでの義務感を知ると、ロボトミーというものに対する俗っぽいイメージが修正されることは間違いありません。
おもしろい。本文450ページを超える分量ですが、人の一生の話なのでかなり素直に読み続けることができます。問題は地図を含めてイラスト・写真が1つしかないこと。手術の詳細については図があれば一発でわかるのに、と思わざるをえません。さらに、フリーマンの伝記であるにもかかわらず、フリーマンの写真自体が1枚だけ、しかも非常に小さくてマスクで半分顔を隠したものというのはかなり残念です。現代的な読者はこの分厚さだけでなく、息が詰まるような文字だけのページに圧倒されて読む気を無くすことでしょう。私もごく少数の読書馴れした人にしか勧めることできません。まったく残念なことです。
索引・参考文献・年表有り。
| 813. |
脳研究の最前線 全2巻 |
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理化学研究所脳科学総合研究センター編 |
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講談社ブルーバックス 2007.10 |
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読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第21-22冊目。
一口に「脳研究」といっても非常に多くの研究テーマを総合したものであり、それらを総合した日本における脳研究の1つの拠点である理化学研究所の人々が、それぞれの研究テーマについて或る程度簡単に論じたもの。脳についての基本的なことから、進化や社会性、病気、人工知能との比較、数理神経科学までに及びます。多様なために初心者の通読はかなり辛いので、興味を持った部分だけでも拾い読みできればよいでしょう。
参考文献・索引あり。
| 812. |
記憶の神経心理学 |
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山鳥重 |
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医学書院 2002.05 |
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読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第20弾。
記憶の分類、様々な記憶障害の特徴から、記憶の仕組みを論じ、解剖学的な脳内の部位との対応を考察して、独自の記憶理論を述べた著作。
たとえば、下の著作との研究スタイルの相違が興味深いところです。臨床からの知見を援用した本書の著者の研究と、実験科学としてアプローチする下の著者の研究。それぞれに一長一短があるようであり、だからこそ補い合うところがあるのでしょう。
参考文献・索引有り。
| 811. |
進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線 |
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池谷裕二 |
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講談社ブルーバックス 2007.01 |
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読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第19弾(まだ続いていた)。
著者が米国留学中に当地の日本人生徒を相手に行った講義を基にした原著(2004年刊)に、大学院生との対話を加えたもの。非常に判りやすく語られています。難しいことを学ぶ前に読んでおくべき著作。大いに興味をかき立てられます。
索引・参考文献あり。
| 810. |
振仮名(ふりがな)の歴史(れきし) |
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今野真二 |
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集英社新書 2009.07 |
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著者は清泉女子大学文学部教授。日本語学の専門家。
フリガナの本らしく、題名にもフリガナが入っています(カッコ内の文字)。題名の通り、フリガナの歴史。サザンの歌詞などを例に取り現在のフリガナの使用状況を概観してから、古代以来のフリガナを文字使用との関連で見ていき、最後に戦後のフリガナ廃止論に触れることになります。これを読むと、フリガナの多様な使用方法が日本語を理解する重要なカギなのだな、ということが判ります。ネット時代になり、なかなかフリガナを入れにくい状況になってしまっていますが、私はフリガナが好きです。
| 809. |
学術都市アレクサンドリア |
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野町啓 |
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講談社学術文庫 2009.09 |
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2000年に講談社現代新書として出版された著作に参考図書をアップデイトして加えたもの。著者はアレクサンドリアのフィロンの研究者。
「学術都市」としてのアレクサンドリアの実像を文献学的に解明し、判りやすく解説した著作。一番の特徴は、シロウトには分かりにくいテクスト伝承の過程についてある程度詳しく論じられているために、古代を学ぶために必須の資料批判の具体例を知ることができる点です。ムセイオンと「図書館」について学ぶにはこれを出発点とするべきでしょう。
残念ながら科学技術についてはあまり触れられていません。
索引・地図無し。参考文献と略年表有り。
| 808. |
脳の探求者ラモニ・カハール スペインの輝ける星 |
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萬年甫 |
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中公新書 1991.06 |
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確かにほとんどいないスペイン出身の科学者のなかでも一流の「独学者」サンチャゴ・ラモン・イ・カハールの自伝を基にした伝記。2009年にその自伝が翻訳されましたが、縮約版にして日本人に判りやすいようにスペインの情勢などの説明も入ったこの著作の方を先に読むべきです。
ラモン・イ・カハールの科学的業績はもちろん、本人の人生のおもしろさが見どころ。この時代に限らないのでしょうが、組織学がいかに染色技術と共に展開してきたのかを知ることができます。ラモン・イ・カハールが研究を始めた時期はぎりぎり個人の超人的努力が間に合ったころでした。
ラモンとカハールというのは両方とも苗字(父姓と母姓)で、カハールの方は母親の姓なのだ、ということを始めて知りました(yはスペイン語でand)。
参考図書・索引無し。年表付き。現在は古本屋で入手可能。
| 807. |
ワイルダー・ペンフィールド自叙伝 |
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|
ワイルダー・ペンフィールド(古和田正悦 訳) |
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西村書店 1987.05 |
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Wilder Penfield, No man alone: A neurosurgeon's life (1977)の訳。著者は著名な脳神経外科で、例の「ホムンクルス」を作り上げた人。
題名通り自叙伝であり、原題通り「自分の成し遂げた偉業は自分独りでできたものではない(No
man alone)」ということを描いたもの。基本的には、少年時代からモントリオールの神経学研究所開設までの著者の前半生を描いていて、これだけで2段組350ページになります。脳外科から脳の身体マップを作り上げ、言語と脳の関係を考察するような後半生の仕事については全く触れられていません。それでも、おもしろい。登場人物も脳科学創生期の巨人たち(シェリントンやカハールなど)が登場し、著者自身の前半生の研究についても触れられているので科学史的にも興味深くなっています。
これだけ詳しく書けるのも、著者が離れていた母親に毎週手紙を送り、そのなかで日々の出来事を細かく報告していたからです。それらの手紙を母親は全て保存していました。
結局は研究資金をどうやって獲得するかということがメインのお話で、そのために金をくれた人は限りなく良く、くれなかった人は必要以上に手酷く(はやく死んじまえ、くらいの勢いで)描かれているところなどは自伝ならでは。特に神経学研究所に金を出すことを許可したロックフェラー財団の担当者については著者が別に伝記を書いているほどです。
参考文献は注に。索引有り。手に入りやすい形で再版希望。
| 806. |
神経学の源流3 ブロカ |
|
|
萬年甫・岩田誠 編訳 |
|
東京大学出版会 1992.05 |
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▲▲ |
19世紀フランスの外科医・脳科学者ピエール・ポール・ブロカの伝記と業績に主要な論文の翻訳を織り交ぜたもの(なので「編訳」)。
ブロカの名前を歴史に残した言語障害の患者に冠する報告2つと脳解剖学についての重要な論文、さらには電気を用いて脳を研究したフリーツとヒツィヒ(Fritsch
& Hitzig)の論文の訳を含んでいる一次資料として重要な上に、ブロカの非常に広い関心と業績(生涯約500本の論文を書いたが、いわゆる脳の言語機能局在についての論文は10本ほどしかない)を紹介した著作。ブロカの著作目録も含まれています。これを読むと、ブロカの同時代における重要性を改めて把握することができます。
歴史を専門とするものが読むとちょっとびっくりする形式でとまどいます。一応、原典翻訳の部分の活字ポイントを上げて差別化しているのですが、重要な翻訳を目次においても埋没させるのはいかがなものか。
索引有り。手に入りやすい形で復刊希望。
| 805. |
脳とことば 言語の神経機構 ブレインサイエンス・シリーズ21 |
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岩田誠 |
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共立出版 1996.01 |
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▲▲ |
著者は東京女子医科大学大学院教授。
言語と脳について歴史的記述から様々な障害を通じて判ってきた脳内での言語処理の仕組みについて約1/8世紀前の状況を解りやすくまとめた著作。
参考図書有り、索引無し。
| 804. |
脳と性と能力 |
 |
|
カトリーヌ・ヴィダル+ドロテ・ブノワ=ブロウエズ(金子ゆき子
訳) |
|
集英社新書 2007.06 |
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Catherine Vidal & Dorothée Benoir-Browaeys,
Cerveau, sexe et pouvoir (2005)の訳。著者のヴィダルはパストゥール研の所長で脳神経科学者、ブノワ=ブロウエズはフランスの科学ジャーナリスト。両者とも女性。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第18弾。
脳と性差に関して、「違い」を強調する研究者とそれに飛びつく生半可なジャーナリストたちを徹底的に批判し、神経哲学や神経政治学といった過度に生物学還元主義的な傾向に注意を促した著作。手法は懐疑主義で、多くの性差派の主張に対して、根拠の弱さ・反対する研究の提示などによって判断保留を促すやり方です。すなわち、高次の脳機能に性差はない、ということを強く主張してはいないことになります。安直な「男脳・女脳」的な見解に対する有効な解毒剤になるでしょう。そして、血液型や県民性などの類型癖がなくならないように俗見がなくなることもないでしょう。
参考文献有り(ネットではリンク切れ多し)。
| 803. |
半分の脳 少年ニコの認知発達とピアジェ理論 |
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Antonio M. Battro(河内十郎 監訳;河内薫
訳) |
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医学書院 2008.07 |
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Antonio M. Battro, Half a brain is enough: The story of Nico (2000)の訳。著者はアルゼンチンの脳科学者で、ピアジェと共に研究していたこともあり、パパートとの研究によってコンピュータと教育の問題に取り組み始め、コンピュータを用いる「神経教育学」を提唱しています。
読んでおきたい脳科学100冊シリーズ第17弾。
重度のてんかんのために3歳7ヶ月で大脳右半球を全切除した少年ニコの発達を継続的に調査しながら、脳科学と神経教育学を考察する著作。右脳を切除したために、左半身に麻痺があり、左視野盲になってはいるものの、知的能力には全く問題ない(ピアジェのテストでは同年齢の平均以上の場合すらある)少年の存在は、脳機能の局在とかラテラリティとかの議論に一石を投じることになります。このような脳の可塑性やダイナミズムを考慮しない理論はもはや説得力をなくしてしまっているわけです。
索引・参考文献有り。
| 802. |
脳の発見 脳の中の小宇宙 |
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角田忠信 |
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大修館書店 1985.12 |
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右脳ブームを引き起こした『日本人の脳』(大修館書店 1978)の著者による角田理論の概略を示した著作。オビに「”日本人の脳”の入門篇」とあり、まさにその通りの内容です。
聴覚を手がかりに右脳と左脳の機能差を調べる独自の手法である「角田法」を用いて、単に言語認知だけでなく、自然音などの知覚の差異を突き止め、それを日本語の特殊性(開音節が多く、母音だけの単語がかなりある)と結びつけて「日本人の脳」の特殊性を唱えた角田理論を実験方法とともに簡単に解説しています。是非はともあれ、とりあえず脳機能の局在についての研究史では触れないわけにはいかない著作です。
参考図書・索引なし。欄下の註が親切。
| 801. |
社会的脳 心のネットワークの発見 |
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M.S.ガザニガ(杉下守弘・関啓子 訳) |
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青土社 1987.12 |
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Michael S. Gazzaniga, The social brain: Discovering the networks
of the mind (1985)の訳。
一応脳科学の本ですが、古いので。
分離脳の研究といえば、ノーベル賞も受賞したスペリーですが、その邦訳著作にはあまり分離脳実験についての話がなかったので、こちらを読みました。全体的にはガザニガの知的自伝です。
分離脳とは、てんかんなどの病気の治療として脳梁と前交連を切断して左右の大脳半球間の連絡を切り離した脳のこと。現在でもこのような治療が行われているのかどうかはわかりませんが、少なくとも20世紀の70年代までは行われていたようです。著者たち(重要な共同研究者にルドゥーがいる)は、そのような手術を受けた人々を対象に、右脳と左脳の機能的差異を調べるというところから始めて、機能局在論から、特に著者は機能モジュール説を主張するに至ります(機能が必ずしも場所的に定まっているというのではない)。複数の比較的独立した機能モジュールが個人の脳内でネットワークを組んでいる(その多くは言語に関わる部分ではないので意識に昇らない)、というのが「社会的脳」という意味であり、今日言われるような複数の脳の間という意味での社会的ではありません。
主張からして、ほぼ同時代のミンスキーの『心の社会』と関わりがありそうなのですが、この著作にその話は出てきません。
後半のいかにも質の劣る話は別にして、前半の実験的な部分は今もおもしろく読めます。フェスティンガーの認知的不協和理論が絡んでいる、というあたりもおもしろい。
索引有り、註に参考文献が含まれる。訳は良くない。
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