MY WORKS

お仕事とその弁解

注意:引用する場合は,初出を参照してください.一番下へ

[番号].「論文題名」『掲載誌名』巻(年),ページ
 あるいは
[番号]."title of paper", Title of Journal, year, volume: pages

 18.「読書して学ぶベークマン 独学者の学び」『科学史研究』, 2008, 47(3): 140-149

ベークマンものの最終作.

 *.「デカルトと情念の可視化」『科学史学会』2008年5月23日(日)@電気通信大学,13:20〜13:40

すでに私の中では無かったことになっています.

 17.「科学コミュニケイションのための独学としての読書論」『UTCP研究論集』, 2007, Vol. 10: 15-31

下の発表の元になった論文.題名,間違えたかな.実質,プラトンと読書,というようなもの.

 *.「科学知識のコミュニケイションと理解する読書方略」『STS Network Japan, UTCP, 共催シンポジウム「科学的知識の伝達・理解・発見」何ができたら、どうしたら、「理解した」となるのか?』2006年12月3日(日)@東京大学駒場キャンパス数理研大講義室,13:00〜18:30

たいへんでしたよ.参考図書はこちら

 *.「カルダーノを読むベークマン De subtilitateの影響と機械論」『日本科学史学会第53回年会』2006年5月27日(土)@東洋大学白山キャンパス,13:40〜14:00

Eio HONMA, "The influence of Cardano's De subtilitate on Beeckman's mechanical philosophy"

シンポジウムはおもしろかった.

 16.「消化という物語を〈わかる〉 17世紀西欧生理学の理解と認知」『UTCP研究論集』, 2006, Vol. 5: 27-44

Eio HONMA, "Understanding the story of concoctions in the seventeenth century physiology", UTCP Bulletin in Japanese, 2006, Vol. 5: 27-44.

前半と後半の温度の違いを楽しむ論文.〈わかる〉方略をメタ的に示しています.

 *.翻訳:アンドリュー・フィーンバーグ「哲学の今?」『いま,哲学とはなにか UTCP叢書1』(未來社 2006.3),150-153

 私は内容について何の意見も持っていません.

 *.「17世紀オランダにおける機械論生理学」『第111回日本解剖学会総会・解剖学の歴史をめぐって、古今と東西』2006年3月31日(金)@北里大学相模原キャンパス,13:10〜13:25

 いつものお話です(笑).シンポジウムの主催者の1人である坂井先生のお話では,成功したシンポジウムだったそうです.私以外の発表はおもしろかった.詳細はこちら
 次は科学史学会だ.

 15.「17世紀ネーデルラントにおけるルネサンス生理学」『哲学・科学史論叢』, 2006, 8: 1-63

Eio HONMA, "The Renaissance physiology in the seventeenth century Netherlands", Archive for Philosophy and the History of Science, 2006, 8: 1-63.

博論からの切り売りはこれでお終い.
訂正
ページ・行
50ページ・3行目 私とデースィングと異なるのは 私とデースィングとが異なるのは
58ページ・下から5行目 第5巻 第5号
58ページ・下から3行目 第6巻 第6号

 *.「消化というメタファー」『UTCP若手研究者研究会「科学における言葉の運用」ワークショップ 科学におけるメタファーとエンボディメント』2006年1月14日(土)@東京大学駒場キャンパス16号館8階827教室,16:05〜16:30

 まあ,いつものお話です.入場無料.詳細はこちら
 【後記】大雨にも関わらず,意外に盛況でした.ワークショップのタイトルが良かったのですかね.

 *.「ガサンディの生理学」『科研費研究会』2005年4月3日(日)@和光大学ぱいでいあ6F,14:00〜17:30

 私の発表は16時半-17時半頃.体調が悪くてすいません.

 14.「Jacob de Back (1594-1658)の生理学」『哲学・科学史論叢』第7巻(2005),1-38

Eio HONMA, "Physiology of Jacob de Back (1594-1658)", Archive for Philosophy and the History of Science, 2005, 7: 1-38.

 地味に続いてます.

 13.「『エピクロスへの註釈』(1649年)におけるガサンディの生理学」『化学史研究』第31巻(2004),pp. 163-178

Eio HONMA, "Gassendi's physiology in his Animadversiones", Kagakushi: The Journal of the Japanese Society for the History of Chemistry, 2004, 31: 163-178.

 ようやく日の目を見ました.
論文の訂正
p. 170 左カラム上から5-6行目 ×この手紙の中で,Gassendiは
○この手紙の中で,ガサンディは
p. 178 左カラム上から3行目 ×Ainmadversiones
Animadversiones

 *.「17世紀オランダにおける機械論生理学」『第13回三木成夫記念シンポジウム 発生と進化』2004年7月22日(木)@順天堂大学医学部10号館1階カンファレンスルーム1,13:30〜14:10

 題名はそのままで,内容をちょいと変えました.うまく伝えられなかったと本人は反省しきり.
 シンポジウム自体は,午前中の3つの発表が純粋理科系(昼食前に動物の死体画像はちょっときつかった),私をはさんで,午後の3つは芸大の先生や彫刻家・画家の作品発表,というかなり幅の広いものでした.1部屋1日のシンポでこれだけ多様なものを見られるのはかつてない経験で,おもしろかった.平日で有料なのに120人以上がつめかける大盛況でした.私だけ浮いてたな〜.

 *.「ガサンディとソルビエールの生理学」『日本科学史学会』2004年5月29日(土)@東京工業大学大岡山キャンパス,13:20〜13:40

 ソルビエールによって1648年に出版されたガサンディの生理学の本.この本の出版を同時代のネーデルラントの状況と関係づけて論じる.
 たいしたことなし.

 12.「ステーフィンとデカルトを繋ぐベークマン 流体静力学のパラドクスの起源」『科学史研究』, 2004, 43: 31-34

Eio HONMA, "Beeckman between Stevin and Descartes: the origin of "Paradox of Hydrostatics"", Kagakushi Kenkyu (Journal of History of Science, Japan), 2004, 43: 31-34
 研究ノート.たいしたことはないです.

 11.「17世紀Leiden大学の医学教授たち:付録登場人物略伝」『哲学・科学史論叢』第6号(2004),pp. 1-28

Eio HONMA, "Medical professors of the Leiden University in the seventeenth century", Archive for Philosophy and the History of Science, 2004, 6: 1-28
これは私の博士論文の第1章の2/3ほどをまとめたもの.
論文の訂正
p. 19 下から4行目 ×Banga [1686]
○Banga [1868]
p. 22 Vorstiusの項の下から2行目 ×Banga [1686]
○Banga [1868]
p. 22 Walaeusの項の下から3行目 ×Banga [1686]
○Banga [1868]
p. 15 〔上から1行目〕 Falcoburgiusの項とForestusの項の間を1行空ける.
p. 22 Adolphus Vorstiusの項を落としてしまいました.以下がそれ.次の論文の註に載せます.
Adolphus Vorstius (1597-1663)
 Aelius Everardus Vorstiusの息子.1597年にDelftで生まれる.Leiden大学で医学を学んだ後,北イタリア遊学を行い,1622年にPadova大学で医学博士号を取得.Leidenに戻って医業を開業した.1624年に父の死を受けて,医学部の員外教授に任命され,初任給は600フルデンであった.1625年に正教授に昇格し,植物園の管理も行って100フルデン加給された.解剖学・外科学,さらに主にHippocratesとGalenosに従う治療学の講義も行った.弟子にはThomas Bartholinusがいる.1663年にLeidenで亡くなった.
参考文献:Banga [1868], pp. 320-324;Suringar [1861b], pp. 644-645.

 *.「17世紀オランダの機械論的生理学」『BHの第2回ミーティング』2003年12月26日(金)@東京大学先端科学研究センター13号館2Fセミナー室,14:00〜18:00

 メインは平井博士のキルヒャーについての発表で,私は15-16時の1時間でした.久しぶりの自分の専門についての発表で緊張しましたよ.

 10.「17世紀ネーデルラントにおける機械論的生理学の展開」,博士論文(東京大学大学院総合文化系),2003

ようやく完成した私の博士論文.これで私は博士(学術)となります.この論文は当分出版されません.

 9.「16-17世紀のルネサンス生理学と機械論的生理学の構成」『哲学・科学史論叢』第5号(2003),pp. 1-36

これは私の博士論文の第2章の2/3ほどをまとめたもの.
論文の訂正
p. 3 〔上から7行目〕
引用文中
ルネサンスにも←削除
p. 36 〔上から8行目〕 ×弟子たちによる以降
○弟子たちによる遺稿

 8.「デカルトと胃での消化」『化学史研究』第29巻(2002), pp. 222-236

 事実上『化学史研究』での最初の論文.読んでみて結局これだけのことかあ,という感じです.

 *.「Isaac Beeckmanの機械論的生理学」『日本科学史学会2002年度第49回年会一般講演』2002年5月26日(日)@金沢大学 午前11:20〜

 講演.それほど問題もなく終了.金沢大学は遠い,ということがよく判りました.

 7.「医学独学者としてのIsaac Beeckman (1588-1637) 付BeeckmanのCatalogusの医学書一覧」『哲学・科学史論叢』第4号(2002),pp. 1-43

久しぶりの論文です.といっても資料紹介に近い.特に付録の部分はBeeckman研究者必帯(←何人いるんだ?).
論文の訂正
[1] p. 4 Universa medicinaの邦題 ×『普遍医学』 〈理由〉universaとuniversalisは形容詞として意味が異なる.
Universalisは「普遍的」だが,universaは「一般的」.
○『一般医学』
[2] p. 23 Universa medicinaの邦題 ×『普遍医学…』
○『一般医学…』
[3] p. 33 Universa medicinaの邦題 ×『普遍医学』
○『一般医学』
この論文の著者名インデクスを作りました.こちら

 *.「17世紀オランダの機械論的生理学について」『MELYST(MEguro LYceum of STs)研究会』2001年12月18日(火)@久米美術館(JR目黒駅西口徒歩1分)7F会議室,16:30〜18:30

 またまた講演です.
 無事終了いたしました.みなさん体調が悪い中お疲れさまでした(私も含めて).

 *.「17世紀オランダにおける機械論生理学の伝統」『科学史学校』2001年7月28日(土)@国立科学博物館(上野)みどり館5階会議室,午後2-4時

 講演です.
 この講演のヴィデオウが9月6日に届きました.私は怖くて見ていません.8月に放映されたそうですが,見た人はいるのでしょうか? そのヴィデオウは科博と科学史学会が所有しているのだそうです.レンタル屋にはありません.中古屋を探しても無いよ.勿論,有料サイトにもありません.

 *.「Cornelis van Hogelande (1590-1662) と医化学」2001年度化学史研究発表会(年会)一般講演2001年6月17日(日)@東京外国語大学府中新キャンパス 研究講義棟1階109教室,午後2時40分〜

 これも学会講演です.無事終了しました.予想通りあまり聴衆受けはありませんでしたが,題材が題材だっただけに仕方ありません.

 *.「医学教授のなりかた:17世紀ネーデルラントの場合」『日本科学史学会2001年度第48回年会一般講演』2001年5月26日(土)@早稲田大学西早稲田キャンパス15号館A会場(01教室あるいは02教室),午前10:20〜

 『講演要旨集』に載せた私のレジュメを以下に

【後記】これは後に論文として発表しました

 6.「音楽理論における自然学的数学−ベークマンとデカルトとの共同研究(II)」『科学史研究』第39巻(2000),pp. 202-210

 久しぶりに投稿論文.予想通りギリシャ語に誤植がありました.203ページの右カラム中にギリシャ文字が3つ見られる.その先頭に,アクサンテギュ付きの「ν」があるのが誤植で,正しくは「´」付きの「υ」,ローマナイズすると「hypo」となるべきである.ベークマン自身のテクストがその部分だけギリシャ文字で書いてあるのです.このシリーズは少なくともあと2つ続きます.

 5.「科学史とレトリック」『化学史研究』第25巻(1998), pp. 160-170 (55k):LZH圧縮版(23k)

 誤記が多くてすいません,という作品.それをできるだけ訂正しました.テーマと発表した雑誌とがミスマッチでしたね.
 このレヴュー論文には,科学史のテクストを充全に理解するためには,テクストの構成を扱う術であったレトリックを知らなければならない,という第1の主張と,具体的に当時の科学(数学も含む)の内容がレトリックと関連していたという第2の主張とがある.これらの2つの主張を,主に1990年代の(当時)最新の研究をサーヴェイしながら示そうとした.
 ただ,科学がイデオロギーを押しつけるためにレトリックを使っているとか,修辞で偽装した何かを暴くとか,そういう手法には関心がなかったので,もっと言えばそういう下品なやり方は嫌いだったので,このような論文となった.しかし,今は,私は甘かったと思っている.

 4.「ベークマンとデカルトとの共同研究における落体問題」 『科学史研究』第II期第35巻(1996)n. 198, pp. 131-139

「ベークマンとデカルトとの共同研究」シリーズの第1段.内容の順番としては「音楽理論」(第6番)の方が先なのだけれどね.

 3.「デカルトとモデル」 『科学史・科学哲学』,1995, 12: 54-65

これは間違いが多いので,私の中では無かったことになっています.野心的な試みだと思ったのですがねぇ.改良版をどうにかして.

 2."Beeckman's Natural Philosophy", Historia Scientiarum, 1995, 5: 225-247

私の始めての英語論文.本当にひどい英語だ.修士論文の結論をより展開して充分にした(と私が思う)もの.

 1.「イサーク・ベークマンと“自然学的・数学的哲学”」 『科学史研究』第II期第33巻(1994)n. 190, pp. 76-84

私の処女論文.前年に提出した修士論文の結論部分を略記した内容.

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